大阪高等裁判所 平成12年(う)67号 判決 2000年7月21日
主文
被告人Aに対する原判決中無罪部分及び被告人Bに対する原判決をいずれも破棄する。
被告人Aを懲役一〇月に、被告人Bを懲役一年六月に処する。
被告人Bに対し、原審における未決勾留日数中一八〇日をその刑に算入する。
被告人Bに対し、この裁判確定の日から三年間その刑の執行を猶予する。
理由
本件控訴の趣意は、検察官宮下準二作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は、被告人Aの弁護人津久井進及び被告人Bの弁護人藤本尚道連名作成の控訴答弁書に、それぞれ記載のとおりであるから、これらを引用する。
論旨は、恐喝の原因となった事由が、検察官主張のような被害者がバッグの取引を撤回したことによるのか、それとも被告人両名が主張するような被害者が裏ロムを購入してこれをパチンコ店に設置して被告人両名に利益を得させるとの約束を履行しなかったことによるのかでは、社会的事実を異にし、訴因変更の手続きをすることなく、前者を原因とする恐喝罪の訴因に対し、後者を原因とする恐喝罪を認定することはできないとし、証拠上前者の原因は認められないとして、無罪を言い渡した原判決は、訴因変更の要否についての解釈を誤ったもので、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反があるというものである。
そこで、記録を調査検討するに、被告人両名は、別紙「公訴事実」記載の事実で起訴され、原審第一回公判期日において、三〇万円の交付を受けたこと、三〇〇万円の支払約束を受けたこと、ネックレスの交付を受けたことは認めたが、恐喝の故意、被害者に申し向けた文言の内容、暴行の態様、恐喝の原因を争い、検察官は、原審第二回公判期日における冒頭陳述において、本件恐喝の動機となった原因は被害者がバッグの取引を撤回したことにある旨主張し、その後の原審公判で、検察官及び被告人両名の弁護人は、恐喝の原因を含め、ネックレスの交付を受けるまでの経緯につき、被害者及び被告人両名等に詳細な尋問を行い、被告人両名は、被害者が依頼した不正なロムの代金を約束の期日に支払おうとしなかったこと、被害者が不正なロムをパチンコ店に設置して被告人両名に利益を得させるとの約束を履行しなかったことなどが、今回の事件の原因になったものである旨供述し、原審第一四回公判期日において、検察官は、恐喝の原因について従前の主張を維持する、訴因の変更については、その必要はないと考えるので、訴因変更の請求はしない旨釈明したところ、原判決が、所論指摘の理由で、恐喝罪につき無罪を言い渡したことが明らかである。
そこで検討すると、原審において取り調べられた関係証拠によれば、動機原因の点はともかく、被告人らが、公訴事実記載の日時場所において、同記載の被害者に対し、おおむね同記載のそれに近い暴行脅迫を加えて同記載の財物を交付させた恐喝罪該当の事実を優に肯認することができるところ、原判決は、恐喝行為が、検察官主張の原因によるものか、被告人ら主張の原因によるものかでは、社会的事実としては全く異なるものとなり、訴因変更の手続きを経ずに被告人らの主張する原因による恐喝罪を認定することは許されないとしているが、恐喝の動機原因は、恐喝罪の構成要件要素ではなく、訴因を特定する上での必要的記載事項でもない。恐喝の動機原因に食い違いが生じても、それだけで社会的事実としての同一性が失われることはなく、それが被告人の防禦に実質的な不利益をもたらすものでない限り、検察官が主張する恐喝の動機原因と異なるそれを認定することについて必ずしも訴因変更の手続を経る必要はない。むろん、恐喝の動機原因が公訴事実に記載された場合には、それと異なる動機原因を認定するには、その点を争点として顕在化させ、被告人に防禦の機会を与えなければならないが、本件では、右のとおりの審理経過からみて、恐喝の動機原因につき充分な防禦活動がなされている上、結局被告人両名が供述するとおりの動機原因を認定することは、情状面においても被告人両名に有利なものであり、被告人両名の防禦に不利益を生じさせるおそれは全くない。また第一四回公判期日における検察官の釈明が、検察官主張の原因が認められなければ処罰意思を放棄する趣旨でないことも明らかである。そうすると、恐喝罪該当の事実が肯認できるのに、それが公訴事実に掲げられた検察官主張の原因によるものとは認められず、検察官に訴因変更請求の意思がないとの理由で無罪の判決をした原判決は、訴因変更の要否についての解釈を誤った訴訟手続の法令違反があり、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由がある。
よって、刑訴法三九七条一項、三七九条により、被告人Aに対する原判決中無罪部分及び被告人Bに対する原判決をいずれも破棄し、同法四〇〇条ただし書を適用して、当裁判所において、さらに次のとおり判決する。
(罪となるべき事実)
被告人両名は、Cが、被告人Aに依頼した不正なロムの代金を約束の期日に支払おうとしなかったこと、被告人両名に不正なロムを設置したパチンコ遊技機を使用させる旨の約束を履行しなかったこと、右ロムの代金の支払を巡って暴力団員に仲裁させたことに因縁をつけ、右Cから金員を喝取しようと企て、共謀の上、平成一〇年一一月二一日ころ、神戸市長田区《番地省略》所在のA野事務所前路上において、右Cに対し、「長田港に沈めたる。」「神戸に住めんようにしたる。生きて帰れると思うな。」「三〇万円は当たり前や。すんまへんですまへんぞ。」などと語気鋭く申し向け、右要求に応じなければ、同人の身体等にどのような危害を加えるかもしれない気勢を示して脅迫し、その旨同人を畏怖させ、翌二二日、同区《番地省略》所在のB山前路上において、同人から現金三〇万円の交付を受け、次いで、同日、右A野事務所内において、同人に対し、「誠意見せてもらおうか。」「三〇〇万の借用書を書け。保証人つけろ。」などと語気鋭く申し向けて更に金員の支払を要求し、右Cを前同様に畏怖させ、同人に借用書を作成させて三〇〇万円の支払方を約束させ、同月二九日、同区《番地省略》所在の喫茶店「C川」及び同市東灘区《番地省略》付近路上に停車中の普通乗用自動車内において、同人に対し、「お前逃げとんかい。」「残りの分どうするんや。カードもっているやろ。買い物せんかい。」などと語気鋭く申し向けて金品の交付を要求し、右Cを前同様に畏怖させ、同日、同市中央区《番地省略》所在の株式会社D原一階貴金属店「E田」において、同人から、クレジットカードでの購入を余儀なくさせたネックレス一本(時価一〇万円相当)の交付を受け、もって、人を恐喝して財物を交付させたものである。
(証拠の標目)《省略》
なお、原審弁論及び当審の答弁書の内容にかんがみ、右のとおり認定した理由につき、補足して説明する。
右事実のうち、外形的な事実は、被告人両名とも認めているところである。被告人両名が被害者に申し向けた文言が害悪の告知すなわち脅迫にあたることは明らかであり、それは、被害者が、約束どおり不正なロムの代金を支払おうとせず、また、被告人両名に不正なロムを設置したパチンコ遊技機を使用させる旨の約束を履行しなかったことから、右ロムの代金を支払わせ、さらに金員を得るためになされたものであること、被告人両名は、「被害者をしびれさせなあかん。」と話し合っていること、Cが警察を連れてくることを心配していたこと、被告人両名とも捜査段階では恐喝の事実を認めていることなどに照らせば、被告人両名に恐喝の故意があったことも優に認めることができる。被害者の原審公判供述は、恐喝に至った原因等については信用できない部分はあるが、支払を拒んでいた三〇万円の支払、また、本来する必要もない三〇〇万円の支払約束やネックレスの交付を被害者が進んでするはずもなく、被告人両名の脅迫により畏怖したからこそ、それに応じたものといえ、居留守を使ったり、家族を実家に帰らせていることも、被告人両名を畏怖していたことを示す証左であり、恐怖感から被告人両名の要求に応じたものである旨の被害者の供述は充分信用できる。被害者は納得して交付に応じたものである旨の被告人両名の供述は到底信用することができない。
(累犯前科)
被告人Aは、①平成六年五月一三日、神戸地方裁判所において覚せい剤取締法違反の罪により懲役一〇月(三年間執行猶予。平成七年一二月一五日右猶予取消し)に処せられ、平成九年一二月二五日、右刑の執行を受け終わり、②右猶予中に犯した同罪により、平成七年一一月一七日、同裁判所において懲役一年四月に処せられ、平成九年二月二五日、右刑の執行を受け終わったものであって、右各事実は、前科調書(原審検三五)及び調書判決謄本二通(原審検三六、三七)によってこれを認める。
(確定裁判)
被告人Aは、平成一一年一一月一五日、神戸地方裁判所において覚せい剤取締法違反の罪により懲役一年一〇月に処せられ、右裁判は同月三〇日確定したものであって、この事実は一件記録上明らかである。
(法令の適用)
被告人両名の判示所為はいずれも刑法六〇条、二四九条一項に該当し、被告人Aにつき前記の前科があるので同法五六条一項、五七条により再犯の加重をし、被告人Aにつき右は前記確定裁判のあった覚せい剤取締法違反の罪と刑法四五条後段の併合罪であるから、同法五〇条によりまだ裁判を経ない判示恐喝罪について更に処断することとし、被告人Aにつきその刑期の範囲内で懲役一〇月に、被告人Bにつきその所定刑期の範囲内で懲役一年六月にそれぞれ処し、被告人Bにつき同法二一条を適用して原審における未決勾留日数中一八〇日を右刑に算入し、被告人Bにつき同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、原審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項ただし書を適用して被告人両名に負担させないこととする。
(量刑の理由)
本件は、被害者が被告人らに持ちかけた取引を約束どおり履行しなかったことに因縁をつけて恐喝に及んだ事案である。被害者の方で持ちかけてきたのに、それを履行しなかったという被害者の不誠実な態度が今回の犯行の原因となっており、その意味で被害者にも落ち度があるといえるが、そもそも被害者の持ちかけてきた話が違法なものであり、被告人両名に被害者を非難できる資格はなく、それにも拘わらず執ように金員を要求しており悪質である。被告人両名とも真しな反省の態度は見受けられず、被告人両名の刑事責任は重いものがある。
他方、前述のとおり被害者にも落ち度があること、被告人Aについては無罪部分だけ控訴されたため、結果的に併合の利益が失われるに至っていることなど酌むべき点もあり、それらの点を考慮して懲役一〇月に処することにする。また、被告人Bは、平成三年に猶予付の懲役刑に処せられた以降は前科のないことのほか、本件の審理経過をも考慮し、主文掲記の刑に処した上、その刑の執行を猶予する。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 西田元彦 裁判官 杉森研二 川本清巌)
<以下省略>